スピルバーグの言葉、伝統の繰り返しが後継者を生み出す

ゴールデングローブ賞の受賞式をテレビで見ていたら
スピルバーグがデミル特別賞を受賞。
彼が演説で、伝統の繰り返しが製作者、俳優の次代を
担う人を生み出してきたと伝統を守ることの大切さを
語った。

その話をきく出席者の顔は真剣だった。

伝統の宝塚歌劇、伝統の歌舞伎皆それが当てはまる
が?伝統の繰り返しがどれほど、行われえいるかは
疑問だ。

お店でも伝統をを守った雰囲気の店に行くと
何か気持ちが引き締まるし、雰囲気が変わる。

伝統と共に犠牲という言葉も今は死語といわれるが
三浦綾子さんの塩狩峠という本を読んでいまさらながら
犠牲の尊さがいかに大切か人間として必要かを
感じさせ、考えさせられた。

電車のホームから転落した人を助けようとして亡くなった
韓国人学生のことを思い出した。

彼も犠牲という心を持っていたのだ。
では今日本人はどれほど犠牲という心を
持っている人がいるだろうか?

身命を捧げて他のために尽くすこと、と
広辞苑には書いてある。

野球で犠牲バントというのがある。
これも確かに、他のために自分を犠牲にして
尽くすことだ。

塩狩峠は犠牲というものを書きたかったと
三浦綾子さんは書いている。

伝統とは何だろう?犠牲とは何だろう?
考え直さないといけない事は沢山ある。

芥川賞、直木賞の今の作品を見てもそうした
物を取り上げたものがない。
振り返る時間が要るのでは?

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