戦争を知らないメデイアが戦争の記事を書く不安

ある新聞を読んでいたら、戦争を知らない年代の記者が
戦争の事を聞くため戦争体験者から話を聞いたが
それが本当の話かどうか、確認することが大変だった
様なことを書いているので、思わず、なんという事かと
思ってしまった。

敗戦後70年という事で、戦争をとメデイアはいろいろな形で
書いたりテレビで放送したりしている。

しかし、話を聞いてそれが本当の話か疑問に感じるような
取材をするという事自体が不思議だ。
当然事前に、調べていくのが当たり前だろう。

聞き取り調査をしていて、この人の戦争j体験話が
うそ?まこと?でかんがえるか?

古い?メデイア人間に聞くと、
今の若い記者は人に聞いていくという事がないという。
普通なら、当時を知ってる先輩にお願いして同行するとか
するだろうが、今の若い記者はそのようなことは
しないのでと、額に八の字を寄せていた。

格好よく、過去の戦争と向かい合って平和について
考えながら記者として発信したいとかいうが
どうして過去と向かい合えるのかが不思議だ。

何か過去の戦争の事を、取り上げるのが
格好いいこととでも思っているのかと、勘ぐってしまう。

よく時期ものという言葉が使われるのがメデイアの世界だ。
何かあると、面白いから取材しようとか
ああ、それは時期もので、いけるなあとかいう
表現をよくする。

何となく、過去の戦争を取り上げる今がその時期もの
扱いのように小言幸兵衛には感じるのだ。

戦争中、お米がないので、コーリヤン食べたり
豆が多い豆ごはん食べたり、カボチャご飯食べてきた
小言幸兵衛には、、今あらためて、そんなごはんの
紹介がされているが、ご免こうむる次第だ。

戦争と向き合ってというが、戦場の話ばかりが
過去の戦争ではないのだ。

銃後の守りの人たちも、戦場と同じ大変さが
あった。

例の安保法案ではないが、皆、銃後の守り、イコール、
非戦場の兵站を担っていたのだ。
兵站をになっていたということは、戦場に
居たのと同じことだ。

芝居や何かで、格好良く過去の戦争の話を
これ幸い時期もの的な考えで取材するなら
銃後の守りで苦労した人たちの世界にも
目を向けてほしい。

それとやはり、先輩の力を借りて取材に当たるという
考えも持ってほしい。

それと人の言葉を借りて書くのではなく
自分の言葉で書いてほしいねえ。

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