天安門事件と陳舜臣さん

作家の陳舜臣さんと言っても今の若い人たちは
知らない。
理由は1995年阪神淡路大震災の前に
宝塚歌劇団のバウホールで講演中倒れて以来
療養で世間に顔を見せていなかったからだ。

それでも作品は「青山一髪」「論語抄」
「神戸わがふるさと」「道半ば」など
著書は沢山ある。

小言幸兵衛は40年以上のお付き合いで
毎年暮れの31日には神戸の飲み屋を
二人で飲み歩くのが通例の行事となっていた。

毎日放送主催の一万人の第九コンサートも
第一回から出演されていた。

天安門事件から30年
それまで中国の国籍だった陳さんは
天安門事件をテレビで見て
中国に対して失望して国籍を
日本に直後帰化したのだ。

手元に当時未知夫人から頂いた
住民票を見ると平成2年10月5日に
戸籍届により記載とある。
日本国籍なった日だ。

勿論、パスポートも日本国籍
陳舜臣だ。

小言幸兵衛は直後に未知夫人から
帰化したのよ、でも当分は内緒でねと
言われた記憶がある。

陳舜臣さんの当時の日頃の、また
療養でハワイホノルルで静養
この間にホノルルの天理文庫の中に
陳舜臣文庫を1998年創り
今年で21年目。
全著書が備えられている。

当時の全てを評伝とは言えないかもしれないが
日常の姿を書いたのが
ホットシートHOTSEATに
掲載してある
「素顔のままにMr.Sunshine実はChin shunshin」だ
読んでいただけると、陳さん素顔が全てお判り
頂ける。
陳文庫開設の時は、日本ではしない
記念講演「ハワイと私」というテーマで
講演された。

天安門事件と言うと陳さんが
帰化した当時を思い出す。

陳舜臣さんが亡くなった時は
その仲間編集者含めて親しい方は皆
鬼籍へ、小言幸兵衛が想い出を語る事に。

食べ物屋に予約しようと電話
もしもし、作家の陳ですと言うと
相手がサッカーの陳さん?と
聞き間違い、今でも懐かしく思い出す。

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