田辺聖子さん、宝塚を愛して神戸を愛して・少し変わった想い出を

小言幸兵衛が田辺聖子さんと知り合い親しくさせて頂いたのは
宝塚歌劇を取材して、神戸をよく取材したせいかもしれない。
本当は神戸の画家・石阪春生を中心に一業種一人という
神戸を語る会・バーボンクラブを創ったせいかもしれない。
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というのは片やご婦人ばかりの集まり・マカンバサール
という会があり、デザイナーの藤本ハルミさん中心に。
その藤本さんは着物の生地を素材に
田辺聖子さんの衣装をよく作られていた。

源氏物語を宝塚歌劇の月組で公演するとき稽古場に
田辺聖子さんが見に来てMBSナウで稽古場でインタビュ―したり
田辺さんのパーテイにもよく呼んでいただいた。
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それでも一番の思い出は新伊丹にお家を新築されたとき
マカンブッサールのメンバーの藤本ハルミさんら女性群の中に
朝日放送の西村信一郎放送記者と共に小言幸兵衛も招かれた。
写真を見ると今は亡き漫画家の高橋 猛さんの顔もある。
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          お聖さん、かもかのおっちゃんと宴会

この時、お聖さん、大変ご機嫌で地下にカラオケルームがあり、
そこでお聖さんと踊ったのが不思議な想い出だ。
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この時は、皆さんが食べて飲んでいるときに
密かに新築のお家の中を撮影、これも想い出。

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         お聖さんが原稿を書くところ

田辺聖子先生夢パーティが開かれたときは
タカラジェンヌのトップスターから皆集まり
田辺聖子さんは真っ赤な衣装で日本酒の老松で乾杯をした。
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          夢200パーティ 200冊目の著書完成記念

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         お聖さんへ花束贈呈
 
小言幸兵衛がタカラジェンヌにその心の中を書いてもらった
白い本というのがあるが、その中にお聖さんは

 「宝塚―夢の星くず
 日は移り時は過ぎても
 胸の底にのこる
 かずかずの舞台」
   田辺聖子

という文章を書かれた。
日付は1993年5月30日
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少し付け加えると
宝塚歌劇が好きだった陳舜臣さんも白い本に

 「日日好日
 宝塚好日
 宝塚毎日が
 黄道吉日
 太陽が運行する円。
 春分をゼロとして
 いま274度
 まいにちおなじ
 しあわせの
 Takaraduka!
   陳舜臣
     1984年12月26日

とある。

我々が知ってるお聖さんは出版社の編集者とは違う
まったく素のままにお互い好き勝手なことを言う
という雰囲気だった。

残念なのは宝塚歌劇団百周年の時
お聖さんが見当たらなかった事だ。

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