宝塚歌劇団の柴田侑宏演出家の素晴らしき業績

宝塚歌劇団の柴田侑宏演出家が87歳で亡くなった。
晩年は長年患っていた眼の病で舞台を見る事にも
不自由を生徒のセリフを耳で聞くという状態だった。

小言幸兵衛が柴田さんの作品を初めて取材したのは
昭和51年MBSナウという夕方のワイドニュース番組
その頃は、宝塚歌劇の取材に手を付けるテレビ局はなく
初めて稽古場を取材したのはトップスター汀夏子さんが
出演する「星影の人」だった。

その頃は、まだ目の病は、それほど進んでいなく
稽古場では、役を演じる生徒に手取り足取り
細かく指導するのが印象的だった。

img716.jpg

「星影の人」では汀夏子さんは勿論沖田総司
土方は麻実れいさん、玉勇は娘役の高宮沙千さん
柴田さんはプログラムに
「女性ばかりで演ずる特殊性から無骨さを避け
激越な動きを抑えて、娯楽的な色彩でまとめようと
試みたが果たして如何」と書いている。

柴田さんの作品はきっちりと作り上げた
ドラマの中に生徒をはめ込み華麗な舞台を
仕立てあげていく
演じる生徒それぞれが舞台で光るように
本を書くところが見事だった。

ヘミングウエイの「誰がために鐘は鳴る」では
鳳蘭さんと遥 くららさんが演じる
ラブシーンの場面があり当時フィルムから
ビデオになった初期で二人が演じているのを
モニターで見てると遥さんの顔色が
次第にピンク色になっていくのが判り
話題に、この時は本番ではラブシーンの数は
かなり減らされていた。

この作品の劇化に当たり柴田さんはプログラムに
「今の鳳と遥は、この主役像がぴったりだと思うし
芸達者な専科陣が脇を固め星組の中堅が、あるいは
精悍に或いは哀しくゲリラの男女を演じるのを
楽しんでいただきたい」と書いている。

その柴田さんが時々結末に困っているとき有り
こんな終わりはというと素直に取り入れていた。
炎のボレロという作品では、舞台がメキシコ
皆で乾杯の場面で「乾杯」と言うので柴田さんに
あれは「サルー」じゃないのというと翌日から
乾杯がサルーに変わっていた。

大地真央さんがトップになる時
「作者としてはやはり男役のトップスターを
美しく、いかに魅力的な主役を作るか
見た目にも役の上でも喋るセリフ、歌がいかに
客にアピールさせるのものにするかに
一番にポイントを置いている」と
小言幸兵衛の問に答えている。

img718.jpg

再び柴田さんのような座付作者は
出てこないだろう。宝塚歌劇を
百周年まで迎えさせた偉大な一人と言える。

舞台が終わっても楽屋で更に
演技指導する柴田さん

棺の中に横たわる柴田さんの顔には
長年使っていた色のついたメガネは無かった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント